序章1
 

「背中は、預けたぞ、後方支援バックアップ!」
  「あぁもう、あんまり前に出すぎないでよ、《オリジナル》」
  白地に赤の似たような服を着た二人の前に、複数の赤い影が迫る。大地は、絶え間なく揺れ動き、その"地震"は収まることを知らない。
  「崩壊が迫ってる! 一班から司令部へ、空間安定にはやはり楔がいる。二班から五班は各場所へ楔を打ち込みに行かせてくれ」
  「司令部……というのは私のことだな? ビャッコ、ツバサは北東、アイ、レンは北西、ユウ、ショウは南西、ユイ、チハヤは南東だ」
  「俺とユイを別々にするのかよ」
  「バランスを考えた結果だ。だいたいお前以外だとショウも心を開かんだろ。よし各員、目的地へ向かえ」
  二人の片割れが耳元のインカムに向かって早口に命令すると、低い声の男がそれに応じ、少し高い声の男が少し反抗するもすぐにやめ、いくつかの了解という声が、聞こえる。彼らはある程度連携が取れるとはいえ、個人の集団。それがここまで一緒に動くだけの緊急事態が起こっているのだ。
  そう、この"世界"、試練の洞窟は、今日、この日を以て、終焉を迎えようとしていた。

 

 試練の洞窟。統制者が「独立小世界」と呼称する分類に含まれるその世界は、あらゆる世界と接続し人を呼び込む力を持っていた。そして、とある自由気ままな世界の旅人がやってきて、その世界を自分のものとしたことでその泡沫のごとく消えていく予定だったその世界の運命は大きく変わることとなる。試練の洞窟はこのときから試練の洞窟と呼ばれるようになった。その世界の管理人が毎日日替わりで形状を変えるようにプログラムし、正規の訪問者には絶対安全なように生命維持の措置をかけて、妙なところに人が迷い込まないように意図的にゲートを設けて、その場所は様々な世界の訪問者でにぎわうアミューズメント施設へと姿を変えた。
  それから数多の年月が流れ、元が気ままな旅人だった管理人は結局その性格にあらがえず、その世界を放って旅に出た。ゲートは機能を停止し、従業員はそれぞれの居場所へと戻っていった。そうして、そんな世界にわざわざやってくるものはいなくなった。
  そして、今に至る。世界は崩壊を迎える。そもそも「独立小世界」などというものは四次元軸と五次元軸からなる座標平面上本来は存在しえない異物であり、普通なら早々に他の世界に飲み込まれ消失しているはずのものだ。それがこんなにも長く存続し続けたのは、その管理人がきちんと世界を管理していたから、そして様々な世界からの接続により、世界を安定させるのに必要な「フォルト」が補給され続けたから、もちろん他にも要因はあるが、とにかく何らかの干渉があったからだ。今、それを失ったこの世界が崩壊を迎えるのは当然の理であった。しかし、それを拒んだものがいた。「自分はこの世界が必要だ。だから、この世界はまだ存在していてほしい。よりわがままを言うことが許されるなら、前のような賑わいを取り戻して欲しい」、と。"彼女"を人は《事象再現者》と呼ぶ、もしくはアリス、と。彼女は自らの住む世界をなくし、彷徨った後、この世界へとたどり着き、ひそかに暮らしていたのだ。
  願いは、叶う。それに足る強い願いと、これまでの行いがあれば。神の持つ能力の中にはそういうものがあるのだ。そして、それは聞き届けられた。聞き届けたその少女の名はアイ。アカシックワールドと呼ばれる世界群を統治する神の代行者『統制者』の中でも《願い》を司る少女。しかし、しかし、もし惜しいことがあるとするならば、試練の洞窟はアカシックワールドではないということ、アイの権能の届かない場所であったことだろう。
  もう一度宣言しよう。この世界はアカシックワールドではない、いや、AWsと呼ばれる世界ではない。ここは統制者の権能すら完全には及ばない別世界だ。

 

「何、この赤いの!」
  「闇ファントムだ。この洞窟にかつての管理人が用意してた保安プログラム。今は、ヴォイドの使いだ!」
  それでも、彼らはやってきた。その理由は数多あるが、やはり《事象再現者》に借りがあったことが大きいのかもしれない。あるいは、結局彼らはお人よしだ、ということかもしれない。もちろんそれは簡単ではない。世界が崩壊を始めると、その世界には「ヴォイド」と呼ばれる存在が沸きだす。最初は世界をむしばむ黒い泡として。そして、それで抑えられない場合は、その世界に存在する"兵士"の形を象って。
  「こちら北東班、楔を打ち込んだ。ムゲン、世界の支配権はまだ確立できないのか?」
  「ツバサか、こっちも今やってる。今、少し世界が安定した。もう少しペースは早くなると思う」
  「急いでくれ。ヴォイドが多すぎる」
  「分かってるよ。何としても楔を守ってくれ、頼んだぞ」
  今、彼らがしているのは、かつて管理人が持っていた支配権を再確立し、世界の安定を取り戻すことだった。しかし、世界を支配する前に消滅しては元も子もない。支配権を確立せんとする一人を除いたメンバーは、"楔"と呼ばれるものを世界の各所に打ち込み一時的にだが無理矢理世界を安定させようとしているのだ。
  「こちら、北西班、ヴォイドがどんどん沸いてくる。楔ってこの辺じゃダメ?」
  「こちら司令部。ダメだ。そこではとてもじゃないが安定には程遠い。アイ、レン、つらいだろうがより前進してくれ」
  「了解。戦闘員じゃない私まで駆り出されるなんてね。ほんっとう、ついてないなぁ」
  統制者は全員が全員、戦闘員であるというわけではない。戦闘がまるっきり何もできない、そんな統制者も存在するのだ。この作戦はそんなメンバーすらも投入して行われている。
  「こちら、ムゲン。みんな、つらいだろうが、頑張ってくれ。チパランド復興の実戦演習だと思え。本番はこれよりもっと大きい世界でヴォイドと交戦しつつ、より多くの楔を打ち込み、より多くの時間を稼がなければならんぞ」
  現地で指揮を執り、今も世界の中心で世界の支配権を確立せんと"世界そのもの"と戦っている男、ムゲンが全員に士気高揚のために告げる。それは、彼が密かに温めていた計画であり、一人を除く統制者全員の希望であった。
  「なんだ、やっぱりそんなこと考えてたのかよ。こちら、えー、あー。ユウ。楔を打ち込んだ。どうもここはショウが一人で守れるらしい、アイとレンを掩護しに行くぞ」
  「ユウ、またそんな適当言って」
  「よし、ショウ、ユウ頼んだぞ」
  世界の外、球体に見える『試練の洞窟』の三方から鎖が伸びる。その先にあるのは、黒い闇色の雲、統制者の居住世界『暗闇の雲』。
  「暗闇の雲、硬化開始。おい、ムゲン。何が計算上大丈夫、か。この小規模世界でさえカツカツだぞ」
  「今忙しい、静かにしてくれ」
  「ちっ、後で詳しく聞かせてもらうからな」
  統制者の最強二人が口論する中、四つ目の楔が撃ち込まれ、鎖が暗闇の雲に届く。
  「空間、完全に安定。……おい、一分と保たんぞ」
  「そりゃ大変だ、次はもっと硬化レベルを上げられるように調整しないと、な」
  ムゲンが腕を突きたてている先の地面から、光の波が広がり、世界を覆う。絶え間なく続いていた地震、いや世界そのものの振動も完全に停止。そこらじゅうで統制者と交戦していた赤い影も消失していった。
  「ムゲンより各員、まずはお疲れさま! この世界の安定、および管理権の取得に成功した。これよりこの世界は私たちの世界だ。改めて宣言しよう。今ここに、アミューズメント施設『試練の洞窟』は復活する!」
  世界のあちこちで、統制者たちがふーっと息を吐きながら座り込む。戦闘特化な一部を除いて皆、疲労で立っているのもやっとだったのだ。
  「アリス」
  最後に、ムゲンは目の前のフードの少女に声をかける。
  「…………"ボク"に言ってるの?」
  振り返るフードの少女。
  「お前以外にここにはアリスはいないな」
  「……"ボク"より、アリスがいいんだ」
  「はぁ、分かったよ。《事象再現者》」
  「なに、《オリジナル》」
  拗ねた様なフードの少女の声にため息をつきつつ、ムゲンは言葉を改める。すると、いつもの声色で少女は応える。
  「お前の世界、取り返したぞ。もう、何人たりとも犯させはしない」
  「…………信じてるよ、ムゲン」

 

 

 

To Be Continued... Prologue2